2015-1-31 未分類

おときた駿さんのブログより

政治家(議員)になってよかったこととして

「社会問題とダイレクトにつながる行動・仕事ができること」

「微力ではあるが、無力ではない」

と書かれています。 本やテレビを見て、子どもの貧困や障害者問題、人権侵害などの社会的課題に触れた場合に、一般人の立場ならば、こんな悲惨な現状があるんだ・・・、自分に何が出来るだろうかと考えたり、シェアをして情報を拡散したり、ボランティアに参加しようと思ったりすると思います。これが議員という立場にあると、翌日には行政の関係機関に連絡し、翌々日には視察に行って現場を見ることすら可能なのです。そして現場を知って政策を考え、それを実際に議会で提言することができます。すぐに採用されるかはわかりませんが、必ず行政から回答がもらえます。

東京都という巨大行政の中で、野党会派のいち地方議員ではあるけれども、これを確かなモチベーションの一つとして、日々活動に打ち込んでいるそうです。

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おときた議員が、ここ最近で一番ぐっときた本がこちらの、「誕生日を知らない女の子」(黒川祥子)。ひとりでも多くの方に読んで欲しい本。

児童虐待を受けた子どもたちが、その後の里親元や児童養護施設、あるいは医療機関でどのような生活と人生を送っていくのか。その実態に触れた渾身のルポです。

「知ってほしい。こどもたちの傷の深さを。わたしたちの無知を。そしてわたしたちがこどもたちを救えるということを

「子どもには希望がある。この子たち、たくさん夢がつまっているの。どんな子でも希望があり、輝かせるものをいっぱい持っている。それを大人がつぶしてはいけない。輝かせることができるかできないかは、大人の責任

 

東京都が所管する江東児童相談所へ実際に視察のため訪れました。

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我が国では社会的養護が必要な子どもたちに対して、施設措置による対応が一般的になっており、里親など家庭養護が著しく遅れています。

その原因と対策について。

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社会的養護が必要になった乳児・児童・生徒・・・第一義的に家庭的養護を受ける権利がある。これは日本も批准している「児童の権利に関する条約」第20条に明確に規定されています。施設への措置が許されるのはあくまで「必要な場合(if necessary)」のみで、原則はすべてに家庭環境を与えなければなりません。

実親の不同意」・・・里親に対する実親の抵抗が非常に強い

実親の不同意」というのがここにたちはだかる最大の要因となっています。日本では一時的な養育を担当する「里親」と、血縁関係を持つ「養子縁組」の違いすら認識されていない現状があるからだそうです。

「里親に、わが子を取られてしまう」「施設ならいいけど、里親なんてもってのほか!」と考えることで、実親とのトラブルなどによって、実親から裁判を起こされてしまっては困るという訳です。

また、里親への対応にも課題がああり、施設から里親に措置変更をして、うまくいくとはもちろん限らないという事です。

「成長してから、障害を持っていることが発覚したら大変だ」「もし問題行動を起こす子で、里親さんに負担をかけるのは申し訳ない」

消極的な里親措置の数字は、アマチュアである里親さんに任せるより、プロの施設に置いておく方が安心安全。里親措置をした結果、問題が発生して里親側から裁判でも起こされてはたまらない…。といった行政側の心理が反映されていると考えられます。

社会的養護の受益者は、当然ながら子どもたちです。

養育能力のなくなってしまった実親や、子どもが欲しい里親ではありません。子供達に目を向けることが大切。

高齢者福祉に比べて極めて少ない予算や人員でやりくりしている、行政担当者や児童相談所の対応には理解と敬意を表したいところですが、「一体どっちの方向を向いているんだ!!」と感じる。

それでも子どもたちの国際的権利や環境を無視して施設措置が選択されるのは、子どもたちは声を上げることができず、権利を主張することもできないからです。リスクや負担をすべて、声なき子どもたちに押しつけているといっていい。

虐待の発生や疾患、経済的理由などで養育能力をなくした実親は、社会的養護措置に同意した時点で「施設ならいいけど、里親委託はイヤ!」という選択をする権利はありません。実際に、児童養護施設と実親が交わす同意書にそんな項目はないそうです。

意思確認という「運用」の中でなぜか実親の意向が強く反映されています。

 

里親に登録しながら未委託となっている「休眠里親」が数百組以上

東京都では4,000人を超える乳児・児童・生徒が施設で暮らす一方、子どもたちの絶対量に対しては充分な里親世帯があるわけではないですが、なぜか「余っている」という状態が作りだされているます。

第一義的に子どものことを考えるという信念のもと、「運用」さえ改善されれば、休眠里親の元に行ける子どもたちは沢山います。日本や東京都は今すぐ、法律や国際基準に反した運用を改めるべきです。

「すぐに迎えに来るから、施設の方がいい」「他人の家庭に入れて、その色に染められてしまうなんて嫌だ!」

そう考える実親の気持ちがどんなに無視しがたくても、虐待・精神疾患・経済的理由などで多くの場合、実親の元に戻ることは困難です。

そうこうしているうちに子どもが大きくなり、深刻な愛着障害症から問題行動を起こすようになってからでは遅いのです。

「どんな子でも希望があり、輝かせるものをいっぱい持っている。それを大人がつぶしてはいけない。輝かせることができるかできないかは、大人の責任

我々はこの視点とメッセージを、忘れてはいけないと思います。

以上はもちろん、複雑極まりない社会的養護の一側面であって、様々な要因や異なる見方もあることを付記しておきます。

「声の大きなものに迎合し、声なき子どもたちに負担を押し付ける」

これは社会的養護に限らず、医療・年金をはじめとする我が国のあらゆる社会保障分野においても見られることです。

 

日本ではまだまだ馴染みのない里親制度、そして社会的養護。皆さまにも少しだけ関心をもっていただけたら幸いです。

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